ジンバブエと、サリーと。

2016年11月。
ちょうど1年前、写真家として歩き始めた。

僕は、まず、アフリカのジンバブエという国に足を運んだ。

ジンバブエという国名を聞いて、
多くの人は、ハイパー・インフレを想像する。

そう、経済が破綻した、アフリカの南の国である。

|なぜ、ジンバブエに足を運んだのか。

僕は、経済学部という、ビジネスライクな学部を卒業し、IT企業へ入社した。

だが、早すぎる家族の死に、毎日への疑問が募る。

「このままでいいのか。
明日、死んでしまっても、この人生に悔いはないのか。」

自分への問いかけのなか、一人のメンターとの出会いがあり、周囲の支えがあって、大好きな写真を仕事にしようと決心した。

同時に、大きな決断をし、遠いアフリカの土地で働く友人を思い出した。

|サリー@319ss

長崎大学を同じ時期に卒業した彼女は、作業療法市の資格を取りながら、その進路はその道ではなく、青年海外協力隊という道だった。そして、全く異業種に見える、身体障害をもつ子どもたちの先生という職をこなす。 

明らかに、長崎大学からの進路としては、稀有な選択肢を選んだ彼女。
人生の大きな決断をした僕にとって、彼女の働く姿が見たかった。
何を感じているのかが聞きたかった。
アフリカという、未知の世界が見たかった。

|身体障害は、個性。それよりも。

「きっと、身体障害は、日本と大きな違いはないのだろうなと思う。個性の一つでしかないし、目が見えなくてもパソコンでゲームを楽しめる子どもたちばっかりだよ。」

「それよりも、お金の問題で、学校にこれない子どもたちが多い。」

 

ジンバブエでの日々から学ぶサリーの言葉は美しく、核心をついてくる。

|実際に見るジンバブエ。幸せの難しさ。

アフリカの大草原。
まったく補正されていない道なき道を、車椅子を押して歩く。

サリーの友人のママが語る。
「いまは、お金がないけれど、商売でためたお金でこの土地に、こんなふうに畑をつくって、食べ物をつくって、売って、生活を変えていくの。」


子どもたちは、無垢に、その大人たちの周りで遊ぶ。
その先に、なにがあるのか。
僕は、ずっと見ていられるわけじゃないけれど、また、ジンバブエに足を運んで写真をプレゼントしたい。

いまを生きていて、笑顔でいれることが幸せだと、僕らは勝手におしつける。
日本のいまは、なにもかもが揃っていて、乾けない世代なんて言われる僕ら。

少し、遠い世界は、本当に明日が来るかわからない命がある。
そこにはやっぱり、「お金」っていう問題がある。

優しく、生きていける世界など、あるのだろうか。

|何も答えなどだせないけれど。

同じ世界で、力強く生きているその生命がある。
同じ世界で、僕は、生きている。

僕らは生きている限り、生きなければいけない。
どんなに望もうが明日はこないかもしれない。

その瞬間に燃える生命は、美しく、儚く。

あの人が生きていれば。
もし、あの人がいなくってしまったら。

世界は、どう変わっていくのだろうか。
きっと、変わらないのであろう。

だから、いまを生きるしかない。

僕は、撮り続ける。

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Special Thanks
Saori Ooka. 

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作品展『余白』にて、ジンバブエの作品は展示しています。
コーヒーを飲みにきてください。
さまざまなアーティストがクラウドファンディングにより集まりました。

BOOK LAB TOKYO

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東京都渋谷区道玄坂 2-10-7
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TEL:050-3551-0625

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